ササオ シンタ   SASAO Shinta
  笹生 心太
   所属   体育学部体育学科 体育理論(医学を含む)
   職種   准教授
言語種別 日本語
発行・発表の年月 2025/03
形態種別 国内学術誌に掲載された研究報告・研究資料(本学紀要の報告・研究所報含む)
査読 査読あり
標題 「平凡なナショナリズム」対「日常のナショナリズム」論争:スポーツ研究への応用可能性を探る
執筆形態 単著
掲載誌名 東京女子体育大学・東京女子体育短期大学紀要
掲載区分国内
出版社・発行元 東京女子体育大学
巻・号・頁 60,73-84頁
著者・共著者 笹生心太
概要 本研究は、ナショナリズムに関する近年の社会学的な議論、具体的には「平凡なナショナリズム」と「日常のナショナリズム」の論争を参照し、現代社会におけるスポーツとナショナリズムを分析する際の視角を得ることを目的としている。
この論争を通じて、「平凡なナショナリズム」と「日常のナショナリズム」には、主に以下の3つの点において差があることが分かった。1)「平凡なナショナリズム」はナショナリズムの政治的イデオロギー性に自覚的だが、「日常のナショナリズム」は必ずしもそうではない。2)「平凡なナショナリズム」はネイションを均質的なものと理解しがちだが、「日常のナショナリズム」はネイションの多様性や流動性に着目する傾向にある。3)「平凡なナショナリズム」はトップダウンアプローチを、「日常のナショナリズム」はボトムアップアプローチを取ることが多い。このように、「平凡なナショナリズム」と「日常のナショナリズム」には、その着眼点や分析アプローチに差があるものの、両者は現代社会におけるナショナリズムのありようを明らかにしていくための相補的な関係にあると捉えるほうが適切である。
 以上の「平凡なナショナリズム」と「日常のナショナリズム」の議論を踏まえた上で、スポーツとナショナリズムの関係を分析していくためには、以下のような研究デザインが求められる。1)スポーツと政治的イデオロギーとの連続性を自覚すること、2) サブナショナルな集団にとってのスポーツとnationhoodの関係性に焦点を当てること、3)あるnationの一員にとって自明なnationhoodを身につけていない人々、例えば子どもや移民などが、スポーツに見られるナショナリズムをどのように理解しているかを明らかにすること。